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二日目は特に何の兆候もないまま過ぎ、
事態の始まりが昨日の昼頃だったので、これでやっと1日と半分なのだしと、
あまり焦らぬ空気の中、
これは明日へと引継ぎだねぇと、一旦退社する運びとなった。
事務所の戸締りはまだ少し書類の整理があるという国木田に任せ、
事務方の女性らや他の調査員らと共に、そこも古めかしい しんと薄暗い廊下へと出て来つつ、
「そういえば、敦、昨夜はどこで休んだんだ?」
龍之介嬢をマフィアの本拠へ連れ帰った中也は、
迂闊にもそこを訊いてはいなかったことを思い起こす。
いくら自分の愛し子じゃあないと言ったって、このうっかりはなかろうよと、
今になって気になっている辺り、
そういったことへマメな此奴でも相当に混乱しているらしいなと。
太宰が “おやまあ”というお顔をあからさまに示して
むっかり来たちびっこマフィアに長い脚をがつんと蹴られたのは相変わらずな余禄だったが。
「社員寮で休ませてもらいました。」
訊かれた敦嬢はウフフと無邪気に微笑い そう応じる。
本来はこちらの世界の中島敦が住まう部屋へ案内されたそうで、
くどいようだが同一人物じゃあない上にこっちの存在は“男の子”なので、
其れってちょっと嫌なんじゃあと思わんでもない顔をしたのが通じたか、
そこはご当人だし女の子だ、あっさり何か察したらしかったものの。
「女の子の鏡花ちゃんと一緒だったので問題はなかったですよ?」
何と言っても頼もしいし、こっちのボクのこといっぱい聞かせてもらえたしと、
まろやかなお顔をほころばせ、屈託なく笑うので、
「…そこか、まあそうだろな。うんうん。」
「はい?」
見事に案じた方向とは擦れ違ってるお返事へ、
男の子が使ってる布団だとか 訊いてないのに話してくれた寝間着を借りた件とか、
そっかぁ、あんまり頓着しないのかぁと
安堵ともどうとも言えぬ微妙さで、やや気の抜けたような様子を見せた素敵帽子さんは。
実はそこんところはこっちの龍之介嬢も似たようなもんだったぞと、
太宰にだけこそりと告げて。
「一応は上級幹部用の仮眠室に、銀を呼んで傍につけ、
カメラの類を没収した上で
戻った芥川から半殺しにされたくなけりゃあ余計なことはするなと、
キツク言い置いた樋口を、廊下に見張りとして立たせて寝かせたんだが。」
結果として、女三人で夜更けまで何やらがやがやと四方山話に沸いてたそうで。
「銀が言葉少なながらも、女の子になってる兄というのへ食いつきがよかったらしくてな。」
龍之介嬢も身内には甘いのか、それとも向こうでは弟なものが妹なところへ絆されたのか、
おずおずと甘えかかられたのが満更ではないよなお顔でしたという樋口からの報告と共に、
一緒に撮った写真とやらも十数枚ほど見せてもらい。
あああ、これでは樋口へのカメラ封印の意味がなかったと項垂れてしまった辺り、
「それって…いっそ君が同じ部屋で寝ずの護衛してた方がマシだったんじゃあ。」
「そうかもな。」
まあ芥川自身も銀には甘いから、
女性になった姿を残されたとあっても、さほど…怒髪天とまで怒りはしなかろうがと、
そこいらを案じていたらしい中也だったのへ、
“…まあね。
芥川くんが女の子の姿になっちゃった写真なら
先だっての騒動の折に撮ったのが手元にあるしvv”
しかもこっちは本人のだしぃvvと、
内心でほくそ笑んだ太宰だったことまでは見透かせなかったのは、
まま仕方がないというべきか。(苦笑)
◇◇◇
その辺りをあちらの世界ではどう対処したかと言えば、
__現れた時と出来るだけ環境を同じにしといたほうがいい。
という乱歩さんの見解は奇しくも同じであったため、
『じゃあ、いっそのことみんなで雑魚寝しようっ!』
『はいぃい?』
だって男の子でしかも異能持ちの敦くんが本気で暴れたら、
私以外は太刀打ち出来ないかもしれないし。
……あ、もしかしてちょっとおませなこと考えた?
やぁね、キミがそっち方向での乱暴をするかもなんて思ってなんかないよ。
だからこその案だしさ。
いやいやいや、男の子として見てはない訳じゃあないってさっきから言ってるじゃない、ただ、
『社員寮で寝かせたとして、
こっそり脱走とか異能の暴走に苦しくなってたとかとか、
いろいろと何かあっても 鏡花くんでは言いくるめられかねないかなぁと。』
『な…。////////』
だって鏡花くん、こっちの敦くんにはベタ甘で、
お茶漬け三昧な食事にも文句ひとつ言わないし、
給料日前にいきなりクレープ食べたいと言われちゃあ、
残りの数日が湯豆腐三昧な生活になっても耐えてるし。
いやあのそれは、ボクも湯豆腐大好きですし…/////// と。
何だか可愛らしい問答になってるのを聞きつつ、
“ああ、そういうところもちょっと違うんだなぁ。”
何というか、自分たちとは微妙に反転している部分もあるらしいと、
ほのぼのとしたものでも見るよに 気の抜けた笑いようをした敦の横で、
“あ・こいつ、今のでまんまと言いくるめられたことに気づいてないな。”
芥川が内心ではぁあと呆れつつ、さすがは我が師の格におられる女傑よと、
楽しげに笑う太宰嬢を見やったところ、
『? …vv』
男性の太宰より やや丸みの大きな鳶色の双眸を見開いてキョトンとしてから、
あらためて酌み出した真っ新な清水のように ふふと微笑んだ彼女だったものだから。
『…っ。///////』
不意打ちだったせいもあり、ギョッとしたそのまま赤くなった黒の青年だったりする辺り。
『言いくるめられてるのとどう違うんだよ。』
『う、うるさい。』
やぁや、男の子、男の子vv
そんなやり取りがあった末、
とはいえ、探偵社の社員寮にての雑魚寝へポートマフィア組まで一緒するのはどうかということで、
芥川は中也に連れられて一旦ポートマフィアの本拠へと向かい、首領である森と対面。
尾崎幹部は不在とのことだったが、
その女傑を思わすような妖冶な熟女と化していた首領様におおうと内心で感じ入りつつ、
『そうだね。
探偵社の方々がそうした方がと勧めてくれているのなら、
私に否やはないよ。』
今回のような事態は特に、現場の流動的な対処こそ大事なようだしと、
こちらが懸念していた某念書が無事に手元へ戻ったこともあり、
後始末にあたろうことへはキミの裁量に任せると中也へ一任され。
それでも最初の一夜目は
そうそうあっちこっちとバタバタ往復しても詮無いだろうと
本拠内の仮眠室での就寝と相成ったそうな。
「君も、向こうの私からすげない態度を取られていたのかい?」
「……。」
特に依頼もないからか、
探偵社の事務所にて待機という扱いを受けていたそのまま、
今日も動きはなさそうだと見切りかけてた夕刻辺り。
不浄まで立った芥川なのをさりげなく追って来たらしく、
そうでもしないと二人きりの場が持てないとの察しは仕方がないとして。
資料室らしき部屋へ引っ張り込まれた手際は、
強引ではないながら なかなかに巧みであり、
一瞬でも警戒しなかった、いやささせなかったところは、
顔を合わせて以降、朗らかに笑ってばかりだった“彼女”の
隠された本性のようなものの冴えを覗かせもしたものの、
「こんなことを訊くのはルール違反かも知れないし、
私ではない他人の為したこと、
口出しされてもどうにもならぬというのも判っちゃあいるが。」
どうしてだろうか、ただ似ているからという以上に
視線が想いが外せない、そんな存在だとこうして向かい合ってしみじみ思った。
さすがは男の子だ、それはしなやかな印象がして、
線の強い横顔も 刺すような視線のしたたかさも、 あの子に比べりゃあずんと精悍で。
どう見ても他人のはずなのに、そうと認識する端から “あの子”だと重なってしょうがなく。
そんな想いからの行動なのはさすがに伏せて、
「向こうの私は…… いや、私も、か。」
さぞかし こっぴどく処したのだろうね、と
何がどうとの詳細が付け足されずとも、
何のどれを差しての言かはすぐさま知れるよな即妙な言いようだった。
そうと察したと同時、
どんな懸念あっての発言かと、やや眉をしかめた芥川だったのへ、
「どういうつもりでという点は敢えて言わないし、
もう縒りが戻っているのなら余計なお世話だろうけれど。」
長い睫毛を伏せ、苦そうな笑みで口元を歪ませて。
済んだことだと吹っ切るような吐息をついてから、
「こんな事態に巻き込まれて、そちらの私もきっと心配しているだろうね。」
ぽつりと呟いた一言があまりに有り体だったので、
「どうでしょうか。
またこんなことへ巻き込まれているポンコツよと呆れておいででしょう。」
突き放すような言いようになる。
実際情けないには違いなく、自分の言に苛立ったように視線を落とした彼だったのへ、
「…私は違うけれどもね。」
「……。」
「外ヅラも含めて顔だけよくて、それへ比例して根性曲がってる異性の“私”に、
いいように口説かれてないかって案じてるんじゃないのかな?」
「口説かれてなんかいませんのにね。」
ということはと、その辺りの“道理”は芥川にも判っている。
こちらで起きていることが、そのまま…かは微妙ながら、
でも傾向的には同時進行で向こうでも起きている関係なようだから、
疚しいことを自身がしていないなら起きてはないという理屈になるわけで。
「そうなんだよ。自分が手出ししていないなら同じのはずなのにね。」
それでも落ち着けないなんて、私は自分自身がよほど信じられないらしいと、
困ったように笑ってから、
「ポンコツだなんて思っちゃあいない。
確かにキミの独断専行は、
時に相性が悪い相手でもという向こう見ずなところが危うくていただけないが、
勘が良いのか相棒に恵まれているものか…。
いい結果さえ齎せば森さんも文句は言わないだろうからね。」
ただ、火力にばかり頼ってちゃあいけない。
死角や油断のない戦略を練るだけじゃあなく、ちゃんと食べて体を作りなさい。
「…まあ、こんなことこそ、キミの傍に添うている“私”が気遣ってるのだろうけれど。」
眉を下げるようにして笑った太宰嬢は、
上着の代わりのようにまとっている自分の外套の衣嚢から何かを取り出す。
手に取ってことで傾いたからか、シャララと涼しげな音を立てたそれは
女性の手にも隠し切れそうなほど小さなガラス製の小瓶で、
中には星形のカラフルな砂糖菓子が詰まっており。
「…金平糖ですか?」
「ああよかった、知ってたか。」
怪しいと思うなら食べずともいいよ、でも、
疲れとスタミナ切れに即効性があるのは糖分だからね、と言い。
「…よく言われております。」
「もしかして珈琲に乳精も砂糖も入れない派?」
ウチの子もだよ、それ。
だったらせめてクッキーとか添えなさいと苦笑を重ねてから、
「こんなことを言ってあげられるよになった立場が嬉しくてしょうがないんだ。」
だから、少しは酌んでおくれね?と、
あちらのあの人はどんな女性でも墜とせそうに笑うところ、
こちらのこの人は、どんな石部金吉でも懐柔できそうなほど甘く笑ってくれたのだった。
to be continued. (18.02.24.〜)
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*何か楽しくなって来たけれど、そろそろ収拾つけんとなと思いつつ、
ウチならではなCP同士のお話も少々。
女性版の太宰さんは結構豪気な性格だと思います。
その陰で精緻な智謀も働かせるという柔軟性のある奸計タイプ。
とはいえ、龍之介嬢へキツく当たったことは
刺されるような痛みとしていつまでも忘れてないとも思われます。
傷つけたという責任は忘れないが、いくらでも補う気満々な男の太宰さんとは
感じ方や堪えようが違うということで。
(だったらまず自殺癖を何とかしろというところですが、そっちはもはや性癖なので…。)

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